あるヴィーガン料理屋にて。
京都のあるヴィーガン料理屋さんに行って来た。料理は一つ一つ、素材の味を活かしながらつくってあって、とても美味。けれども一つ気になったのが——烏(カラス)がうじゃうじゃいる真ん中に「日本太一」という文字が刻まれたお札がお店の入り口上に貼ってあったこと。店主さんに聞いてみると、熊野神社の魔除けの札だということ。だから日本での菜食は——厄介だ。明治になって国家宗教にまでなった神道と、菜食の結びつきがあるから。だから、菜食をしながら神道や、それに象徴される日本なるものへの誇りを自明視するひとがいると思えば、菜食を神道と結びつけて単純に菜食を忌避する自称左翼のひともいる。神道は、動物を穢れと見て動物の肉を食べなかったわけで、そこには動物と、(それでも結局は動物を犠牲にすること自体はおこなっていたわけだから)動物を殺す仕事をあてがわれた下層階級の人々にたいする蔑視がある。結局のところ、人間=上流階級(皇族?)中心主義というわけだ。でも、神道を菜食と結びつけて菜食を忌避する、あるいは下層階級の労働者の気分に便乗して(?)肉食を不問にする左寄りの人たちにも、より素朴なかたちで人間中心主義がある。
「日本」なるものを、あるいは「階級」うんぬんをどう考えようが、結局のところ動物の声を聴き取るという作業は死角に置き去りにされたままだ。
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「日本太一」とは、最初は「日本第一」だったのが、他の熊野神社から訴えられた結果こうなったのだとか (参照:https://www.kotorisha.co.jp/blog/?p=558) |
「日本」なるものを、あるいは「階級」うんぬんをどう考えようが、結局のところ動物の声を聴き取るという作業は死角に置き去りにされたままだ。
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